長崎家庭裁判所 昭和58年(家イ)65号
一 申立人は、「相手方は申立人に対し別紙目録記載の物件(以下本件物件という。)を引渡せ」との調停申立をし、その事件の実情とするところは、「申立人の父今村兼好(以下兼好という。)は精神衛生法二〇条にいう精神障害者であるため、昭和五七年一一月一七日長崎家庭裁判所において、申立人が兼好の保護義務者に選任された。相手方は兼好の妻タカエ(昭和五七年一〇月一六日死亡)の弟であるが、タカエ死亡後において同人が管理保管していた兼好所有の本件物件を占有し、申立人の返還要求に応じない。精神衛生法二二条一項後段によれば、保護義務者は精神障害者の財産上の利益を保護する義務があるとしているが、その趣旨は、精神障害者が財産を浪費し、或いは放置している場合に、浪費を差止め、或いは然るべき財産管理をすることを予定しているものというべきであるが、精神障害者の財産を第三者が権限に基づかずほしいままにしている場合に、その利益保護の方法として第三者に対し一定の要求をすることも右義務に含まれていると解すべきであるから、申立人は兼好の保護義務者としての資格に基づいて本件調停の申立をするものである。仮りに然らずとしても保護義務者が精神障害者の財産を占有している第三者との話合いによつて右財産の引渡を求めることは、保護義務者の権限逸脱行為として非難されるべきことではないから、申立人の調停当事者適格を問題とする余地はなく、本件調停は適法である。」というのである。
二 家事審判規則一四二条に基づく調停機関としての当家事審判官の判断は次のとおりである。
(一) 精神衛生法二二条一項にいう保護義務の性格は、精神障害者の医療、保護のために保護義務者に課せられた公法上の義務であり、精神障害者に対して医療を受けさせ、その行動を監督し、その財産上の利益を保護することは、すべて国に対する義務の履行行為にほかならない。従つて入院の同意も、公法上の法律行為であつて、私法上の代理権の行使として行われるものではなく、精神障害者の財産上の利益の保護も、事実上の保護をいうものにすぎず法律上の財産管理権に基づくものではない。従つて申立人が兼好の保護義務者としての資格によつて本件申立権を有するとの主張は採用し難い。
(二) 次に一般調停事件との関連において調停当事者適格を考えると、当該紛争の当事者、当該紛争に原因を与えている者及び当該紛争の解決に直接関係しうる者等当該紛争を調停によつて解決することについて利益を有する者であることが必要である。従つて人間関係の調整に関する調停については、必ずしも係争の権利又は法律関係の当事者或いは係争の権利又は法律関係につき管理処分権を有する者に限られないが、財産権に関する権利又は法律関係の紛争の調停については係争の権利又は法律関係の当事者或いは係争の権利又は法律関係につき管理処分権を有する者であることが必要であると解すべきである。ところで申立人は本件物件につき何んらの管理処分権を有する者でないことは前記のとおり明らかであり、また単に本件物件の占有者との話合いによる解決を図るというのみでは、保護義務そのものの履行行為とは関係なく、また緊急の必要から兼好のための事務管理として本件調停を申立てたものであることも認められないから、いずれの点からみても本件調停申立は不適法であるといわざるを得ない。
(三) よつて家事審判規則一三八条、一四二条により事件の内容自体から調停をすることが不適当と認め、本件につき調停をしないものとして事件を終了させることとする。
(家事審判官 安達昌彦)